千葉在住のクリスチャン。中国語やゴスペルや手話が趣味のスズランが感じたり思ったりしたことの日記。


by suzuran-no-nikki
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軸がぶれない

 今日は、夏の学生キャンプでN先生が不在のため、
久しぶりに、お父さんのI先生が説教をされた。
 題は “救われるって何だ?“(使徒行伝4:2、16:30-31)。
 そのお話の中で、心に残ったことなど。

 今の日本のキリスト教会は、人々が気に入るような話ばかりする傾向がある。
 可能性思考・幸福への道・病の癒し・奇跡・現代風な音楽などなど・・・・・
 人々の興味や関心を引き付けるものを前面に押し出して、工夫するのは良い。
 しかし、それだけではダメだ。

 そこに「悔い改め」と「罪からの救い」が語られ、
「罪について、義について、さばきについて」
(ヨハネ16:8)が軸になっていなければ・・・・・

 黒い板に白や黄色の文字で、聖書の言葉らしきものを書いて
街角の家に張り付けたり、「信じないと地獄に堕ちる」と
拡声器を使って宣伝カーで回ったりする団体がある。
 宮城県に本部を置く聖書配布協力会というもので、
どうも、時と場所を考えずに、やたらと伝道する。
 悪気では無いようなのだが、相手が聞く耳を持たない場合は、
こうした方法は、受け入れられないか、むしろ逆効果である。

 日本の教会が伝道で苦心することは、
まず受け入れられるような下地を作ることなのだろう。
 だから、そのような、TPOをわきまえない、
ひとりよがりで自己満足的なやり方には疑問を感じる。

 だからといって、最近の風潮のように、
人々の気に入るような事ばかりしているのもどうかと思う。
 そこで肝心の軸がずれては、まったく意味が無い。
 たとえ耳障りが悪くても、
「罪について、義について、さばきについて」という軸は、
ぶれないで語られなければならない。



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by suzuran-no-nikki | 2009-08-16 21:29 | 教会